野洲から愛知川宿へ(2)2019年12月23日 (22.4km) |
12時45分再スタート昼食休憩を終えて五箇庄に向けて歩き出す。 |
高札城跡五箇庄も案内板が整備されている。 |
福島工業籐製品の企業のようだが。 |
五箇庄は長い宿場。
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本陣跡
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交差する広い道に案内板とモニュメント
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警察分庁舎の跡立派な建物。 |
脇本陣跡の看板
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ここにも明治天皇旧蹟
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牟佐神社地名と同じ読みだが字が違う。 |
泡子地蔵尊?旅の僧と茶店で働く村娘の恋物語が,説明板に書かれている。 |
西生来「にししょうらい」と読む地名。 |
まだ続く武佐宿
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西福寺この手前あたりに一里塚の石碑があるはずと探すが見つからず。 |
地元の手造り看板
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老蘇の集落へ入る
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道は先で左へ
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西老蘇の公民館元は一般の民家? |
鎌若宮神社
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奥石神社の御旅所
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内野道との道標八日市と安土を繋ぐ道のよう。 |
立派な蔵のある家
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庭園のある茅葺民家緑若園という庭園だそう。 |
轟地蔵跡
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右へカーブ
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ここにも轟地蔵の案内板
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小路には名前がついている
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根来衆の陣屋跡?
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奥石(おいそ)神社の鳥居前回は神社内を通ったが今回は街道を進む。 |
反対側の入口、こちらが表?
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広い参道
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鎌宮・奥石神社とある
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国道を地下道で横断
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こちらは安土町石寺地区
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観音正寺の参道?西国三十三箇所の第三十二番、だから橋の欄干にギボシ? |
遠くに観音寺城跡の看板ここから石段で登るのは大変、団体さんはタクシー分乗で参詣が普通のよう、バスは通れない林道。 |
石寺の観光施設寂れた感じ、週2日しかやってない。 |
突き当りを右折する観音寺城址へ行った際はここから市民バスで駅へ戻った。 |
狭い道が続く
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更に狭くなる
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この看板、よく見る
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清水鼻で国道へ出る
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すぐ右手の旧道へ
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分岐の場所の「てんびんの里」のモニュメント天秤棒を担いで商売に励んだ近江商人のモニュメント。 |
石塚一里塚跡新しいので最近作られたのかも。 |
ここにも観音正寺の道標が
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茅葺屋根の家
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大郡神社
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京風建築?ここは京都ではないが、真似て作った? |
常夜灯
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立派な建物は旧郵便局舎
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向かいには梵鐘店ここで作っているのか? |
五箇庄郵便局舎跡を正面から
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五箇庄宿の案内板随分と長い宿場。 |
また茅葺の家
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この先、街道は右へ
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左手は町役場・郡役所跡。 |
ここを右へ入る
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宿場のみち
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中澤酒造
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また踏切
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東嶺禅師誕生の地江戸時代の臨済宗の僧侶であって、近世臨済禅中興の祖と言われる白隠慧鶴禅師(1686-1769)に師事し,その法を嗣いだ。 白隠の生誕地は東海道の原にあった。 |
近江茶の産地?
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常夜灯で左折橋が無いので左折し国道の橋を渡る。 |
また踏切さきほど越えた近江鉄道が左からきて鉄橋で渡ってゆく。 |
国道の橋で愛知川を越える
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橋の先にも常夜灯
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今度は祇園神社鳥居だけは立派だが。 |
左手に一里塚跡
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右手に愛知川宿の門?国道から右手へそれて進む。 |
不飲川(のまずかわ)の橋何故か徳利のかざりがある。 |
街灯にも天秤棒をかつぐ商人
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明治天皇聖蹟
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恵智川という表記も
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問屋跡
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今は観光施設
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次の高宮宿は2里とある
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右手は新幹線、そちらにも宿場の門?
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愛知川駅で終了今日は野洲から22.4km+α歩いた。 |
近江鉄道で彦根へ向かう
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歩いたコース
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