鳥居本宿から柏原宿へ

2020年1月6日 (14.5km)

朝7時40分に鳥居本駅に到着

朝早いのでまだ薄明るいが柏原を目指してスタート。

駅から道路を横断し昨日のゴール地点へ

ここを左折して北上、摺針峠を越えて番場宿へ。

本陣跡

このあたりが宿場の中心だったよう。

ここにも合羽屋の看板

中山道でも合羽屋の看板が2つもあるのは珍しい。

湖東焼・自然斎の旧居

湖東焼は江戸時代中期の彦根藩本領(現・彦根市域)で生産され始め、井伊掃部頭家の許で発展した。

枡形に見えるが

何も表示はない。

有名な赤玉神教丸の薬屋

まだ作って販売しているよう。

その看板

店は枡形になった道にあり目立つ。

薬屋の門には明治天皇立ち寄りの石碑

どの宿場にもよくある立ち寄りの石碑。

道は左へカーブして北へ

左手には線路、先にはエレベータ試験棟

直ぐ先にフジテックの工場あり、近江鉄道の駅「フジテック前」もある。

ここで彦根から出る

ここからは米原市

一度広い道路へ出る

右手には道標の石碑がある

どうやら右手の狭い道が旧中山道に思えるが現在は通り抜けられないのかも。

右手に入るところに石碑「磨針峠望湖楼」

ここを右折して峠越えの道へ進む。 旧中山道は左へ入る細い道が正解のようだが砂利道でぬかるみもあり新道を行く。

こちらが旧道ぽい道の先

さきほどの民家の軒先の道がここへ来ると思えるが。

カーブしながら登ってゆく

150m位の峠だがほぼ0mから登るので結構きつい。

右手の山の左を抜けて

旧中山道の階段の道

この手前に上がってくる道もあった、道路と違い沢筋をまっすぐ上ってくる。

先ほどの道が右手から合流

階段で急こう配を上がってくる、下りは良いが登りはきつそう。

峠の上には旧道で

右手へ登る道が旧道、望湖楼の説明がある。

最上部からの眺め

茶屋・望湖堂のあと

きびしい上り坂の頂上あった眺めも良い茶屋の跡。

直ぐ先には神明宮

さらに石段を登って神社へ。

望湖楼というが

琵琶湖の湖面は埋め立ても進み遠くなって良く見えない。

頂上部を振り返ると

ここが峠の最高部でこの先は下り坂となる。。

どんどん下る

称名寺(稱名寺?)

磨針の一里塚跡

民家の庭先にちょこんとある。

この先は名神高速

車の通る音が聞こえてくる。

ここを左折し番場宿へ

直ぐ先には名神高速、鉄道と違い勾配が平気な道路は旧中山道沿いに作られた。 鉄道は近江長岡へ大きく迂回している。

三叉路の道標

下ってゆく

右手に名神高速を見ながらの下り。

昔の水飲み場?

小さな地蔵の祠もある。

フェンスの右は高速道路

最上部までは登坂車線があるので結構な勾配。

暫く行くと番場宿の入口

同じような石碑がここにもある。

鎌刃城址は右手へ登る

続100名城に選ばれた山城、結構規模の大きい城の様。徒歩で1時間かかる。

番場宿の町並み

狭い谷筋にあるので家が街道沿いに密集

本授寺

手前の蔵は山車の保管所?

ゆるやかに下ってゆく

途中の右手のカフェの軒先に続100名城のスタンプあり、押してゆく。

北野神社

注連縄が豪華?

鎌刃城址の案内板

最近建てられたような案内看板。登るルートは複数あるが林道や山道ばかり。

番場忠太郎の地蔵尊

お涙頂戴の母を探す話の元?右手100m先のお寺のよう。

問屋場跡

石碑は新しい、最近整備された?

本陣跡

この石碑はやや古め。

隣りには脇本陣跡

狭い土地なので本陣と脇本陣が並んでいた?

右へゆっくり曲がり進む

交差点には番場宿の石碑

右へカーブ、宿場は抜ける

番場宿は小さめの宿場だったよう。

長閑な道に

左へカーブ、民家が現れる

この先、名神高速をくぐる

旧道は高速で切られている。

高速手前に久禮の一里塚跡

本来の一里塚跡は名神高速の工事で消滅したのかも。。

直ぐ先を右手の旧道へ

高速道路沿いの道があり、右へ入るのが旧道。

ゆったり進むみち

敬永寺

鐘楼もあて大きな寺。

広い道を鋭角で横断

緩く下っているような道

いったん広い道に合流

すぐに右へ入って醒ヶ井へ

六軒茶屋の跡

ここ醒ヶ井は幕府の天領だったが大和郡山藩の飛び地だったので境界を明示すべく6軒の茶屋を並べたとある。

道は左折して進む

奥の山にぶつかるので左折し山沿いに進んでゆく。

右手の山腹には名神高速が

狭い谷筋なので名神高速は山の中腹を抜けてゆく。

西行水

断崖の縁にある醒ヶ井は湧き水が豊富。

泡子塚

ここも西行関連の遺跡?

きれいな水に水藻もそよぐ川

再び右手の旧道へ入る。

十王水

これも名水?

左手に家が並ぶ

ハリヨは川に住む小魚らしい

問屋場跡

観光施設は休業

月曜日はどこも休み、トイレを借用。

醒ヶ井の延命地蔵尊

小さな鳥居が

池には石碑があるが。

加茂神社

なぜか京都の神社と同じ名前。

旧道は右手の細い道へ

真っすぐ行くと広い道に合流するが中山道は右へ。

醒ヶ井宿の石碑

見付はまだ先だが宿場の石碑。

見付と枡形の跡

鶯ヶ端

眺めの良い場所だったよう、今は右は高速道路。

左手奥に伊吹山

醒ヶ井の一里塚跡

最近整備されたような名新しい石碑・

今度は八幡神社

国道へ合流

大型トラックなどが走る国道に、中山道は右手の広い歩道を行く。

振り返ると大きな石碑

左手へ入る道が旧道と示している。

しばらく先で横断

斜めに進む道へ、信号の無い道路を車の隙間で横断する。角はラブホテルのよう。

静かな道に

八王子神社?

右手国道の向こうに猪鼻城址の石碑

別名・河内城、もう一つ城の案内も、このあたりは交通の要衝で城が多くあったのかも。

梓地区と柏原を示す石碑、このあたりは東山道も通っていた

旧道の案内石碑があるが

ぬかるみの道の様で断念

舗装された新道を行く

ここで先ほどの道と合流する

菖蒲が池の跡(天野川の源泉)

池は江戸初期には消滅したとある。

旧道はこちらを進んでくる

今は獣害防止で柵がされている、どこも獣害で困っているよう。

再び長閑な道に

街道並び松

松並木の事らしいが保守は地元が実施。

鶯が原

このあたりは鶯が多い?

きたばたけともゆき

鎌倉時代末期の公卿。権中納言。後醍醐天皇の討幕計画に参加して幕府に捕えられ、 鎌倉に護送の途中佐々木高氏に殺された。

街道らしい道

柏原宿の西入口

京方の見付のあった場所。

右手に一里塚跡

少し離れた右手に見える、塚は復元だろうが。

柏原の一里塚跡

左に常夜灯

柏原宿に入る

立派な施設、今日は休み

旅籠跡

立派な商家が残る

歴史館もお休み

常夜灯

本陣跡

和宮の降嫁やその夫も長州征伐で宿泊したとある。

映画監督・吉村の実家

脇本陣跡

蝋燭屋跡

この左手先がJR柏原駅

今回はここで終了、次回は関ケ原から赤坂を目指す。 スタートから3時間40分ほどほぼ休憩なしで歩いた。

左折してJR柏原駅へ

1時間に2本の電車を待つことに。

駅ホームからの伊吹山

ちょうど真北には雪を被った伊吹山がくっきろり見える。

歩いたコース 14.5km