志村坂上から昌平橋へ

2022年12月11日 (11.5 km)

朝8時21分志村坂上駅に到着

新橋で都営三田線に乗り換え志村坂上へ。駅を出たところには両塚が残る志村一里塚。 こちらは西側の塚、道路越しに。

東側の塚は道路を通せんぼ

歩道は回り込んで塚を避けて通る形に。

文化財の斎藤商店の建物

残り少ない昔ながらの商店。

旧街道は17号線で銀杏並木

しばらくは両側に銀杏並木が続き綺麗。

向かい側は凸版印刷の跡地のよう

建物は解体されて無くなっているようだが。

日本橋まで13km

国道17号線での距離、巣鴨まで6km。

南蔵院

最近改築されたのか綺麗な造りの寺院。

古い石材店に

布袋様?が鎮座している。

右手から高速の高架がくる

中山道は左手の細い道へ続く。

高層マンションがあちこちに

環状7号線が見えてきた

低い高架の下を進む

人と自転車だ絵kが通行可。

旧道らしいゆっくり曲がる道

先で下っているように見える。

左手には縁切り榎

縁切りしたい江戸時代の人の願いを叶えた。

奥にある社

奥にはトイレも完備。

振り返ると

板橋上宿の石碑

交番手前の角地に説明版と共に。

意味不明な櫓もどき

板橋上宿は昔の風情はない

板橋を渡る

地名の由来となった板でできた橋という単純な地名。。

板橋仲宿の商店街

緩やかなカーブ

旧街道らしい道が続く。

奥まったお寺

王子新道を越える

うさぎは板橋のシンボル?

交差点にある風情のある喫茶店

右手に観光センター

左へ外れて脇本陣跡

明治政府軍に捕まった近藤勇も処刑まで滞在した脇本陣の後。

首都高を斜めに潜って進む

下の通りは白山通り。。

狭い道路が旧中山道

角には交番


2車線の道に

埼京線の踏切を越える

踏切の名前は仲仙道踏切、右手が板橋駅になる。

新宿方面の電車が来た

昔の赤羽線の時代とは様変わりの埼京線沿線。

右折し駅前の近藤勇の墓へ

右手へ進んだ駅前に墓と像がある。

他の新選組隊士も葬られている

滝野川銀座に

北区へ入り地名は滝野川に、左手方向が赤羽駅。

有名な亀の子束子の建物

今は使われていない?。

このあたり種子屋が多かった

種子地蔵もある

東洋大の栄螺堂

庚申塚商店街に

都電荒川線と交差

すぐ脇には庚申塚駅があり、トイレも完備。

これが庚申塚、猿田彦大神

猿がシンボルの神社。

巣鴨地蔵通商店街に

とげぬき地蔵で有名な高山寺がある、おばあちゃんの原宿。

「すがもん」のおしり?

これが鴨の「すがもん」

昔ながらの家具屋さん

とげぬき地蔵の入口

門前町という構造ではない普通の沿道のお寺。

「高山寺」が正式名称

高山寺・本堂

水を掛け洗う地蔵

塩大福が名物?結構な列

商店街の出口(入口)

広い17号線道路に合流する。

巣鴨駅

この辺りは銀杏はない

左手の旧道へ

右手の道は銀杏並木のよう。

日本橋まで6kmの標識

銀杏並木が続く道に

右手には東洋大の白山キャンパス

大円寺は八百屋お七の墓がある

奥まった位置にお堂が

ヤマト徽章

各種のバッジなどを作っている会社。

立派な都立中学

お金持ちの東京都(これまでは)は立派な校舎。

突き当りは東大農学部

ここが中山道と日光街道の追分、向いは弥生キャンパス。

追分一里塚の説明板

立派なステンレスの説明板に代わっていた。

農学部の正門

弥生キャンパス、この辺り(詳細は不明のまま)で弥生式土器が見つかった。

東大・本郷キャンパス

左手に続く本郷キャンパス、元は加賀藩の江戸屋敷だった土地。

古本屋は多い

この奥に中学の修学旅行で泊まった旅館街もある。

東大の正門

長女が博士課程を修了後、4年と少し理学部でポスドクをやっていたので何度か来た。

奥には安田講堂

銀杏並木はもうピークを過ぎて落葉多数、その先に大学紛争で有名になった安田講堂。

東大・赤門

加賀藩に徳川のお姫様が嫁いだため作られた赤門。

煉瓦塀と銀杏の並木

煉瓦塀は地震で倒壊の恐れがあり離れるようにとの注意有り。

右手に本郷薬師

大学最中の店もクリススマス

まだ銀杏並木が続く

右手は東京医科歯科大のキャンパス

神田明神の前を通過

右手に湯島聖堂の塀

入口は反対側にある。

湯島聖堂の角を右折、昌平坂を下る

湯島聖堂の入口

左折すると文京区から千代田区に

神田川に突き当たるので左折して進む、先は秋葉原。

ガード下を右折すると昌平橋へ

今日はここでゴール

11時33分にゴール、3時間12分で11.5km。

歩いたコース:11.5km/3時間12分