太田橋南から御嵩宿へ
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午前7時15分、日本ライン今渡駅に到着始発の地下鉄で伏見から名古屋駅へ移動、6時前の中央線で多治見へ、直ぐ乗り継ぎで太多線へ。 可児駅で名鉄に乗り換えて一駅で到着、なんと7時15分。 |
北へ進んで前回のゴール地点へここを右折し東へ進むのが中山道だが、古い中山道の一里塚があるので左へ進むことにする。 |
真っすぐの道が古い中山道木曽木曽川の流れが変わった事でこの先にあった渡し場が廃止され現在の渡し場に変わり、伏見宿が新しく作られたとある。 |
右手に神社・津島神社神社の奥はやぶですぐに木曽川となっている。 |
KYBとは萱場製作所のことすぐ南に工場があるようでグラウンドの他に従業員用の駐車場がいくつもある。 |
かぐや姫の散歩の標識川沿いをあるく遊歩道の事らしい、専用の駐車場も整備中。。 |
渡りクラブの前に一里塚碑公民館ではないが「クラブ」という名の施設、前にはコミュニティバスのバス停もあり。 |
土田の一里塚跡中山道のルートが変わったのでここは元一里塚のひとつ。 |
KYBの従業員クラブ地図にも掲載されているクラブ、他にも研修センターや組合の施設あんどが並んでいる。 |
中山道にもどり進む朝の通学時間なので高校生の自転車を沢山見かけた、公共交通機関が不十分なので自転車通学が普通のよう。ヘルメットは被っていない。 |
今渡神社
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通信制の高校だが建物や造りはどう見ても結婚式場にしか見えない、いんちきタワーの聖堂?なども見えるが今は通信制の高校の施設のよう。 |
248号と交差して進む交差点を渡った後南の方向を見たもの。 |
歩道は北側だけのよう不思議なカーブをしているみち。 |
JR太多線の踏切を越える左手が美濃太田駅方面、右手は乗り換えた可児駅方面。 |
立派な人形店ここで人形も作っているよう。 |
右手から新しい21号線が近づいてくるこの先で名古屋方面と美濃太田・岐阜方面へと繋がる。 |
左手に公設卸売市場
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やがて21号線へ合流ここからは21号線の歩道を進む |
右手にはマクドナルド朝ご飯を食べ損ねているので寄ろうかと思ったが道路の向こう側で断念して歩き続けることに。 |
県道64号線と交差右手が可児市街となっている。 |
交差点の歩道地下道この後ろに一里塚跡がある。 |
恵土の一里塚跡この碑は新しいもの、30m東には何もない。 |
南側にヤマダ電機本当にどこに行ってもある。 |
先にくら寿司と西松屋が見えてくるこの先で旧道へ。 |
道なりに進むのが旧道で中山道結構車が通る、通勤時間帯でもあって。 |
御嵩町に入る可児市から御嵩町へ。 |
中山道史跡の町だそう
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上恵土神社
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可児才蔵って誰?才蔵は可児郡で生まれ、12歳で前田利家に仕え、馬廻組に配属された。利家は尾張荒子城に生まれた。馬廻組とは戦場で大将の身辺警護をする武芸に秀でた精鋭たちだ。才蔵が利家の家来になった経緯は不明だが、少年時代からその武勇は知られていたということなのだろうか。とにかく才蔵は出生からして謎多き武将。 |
正岡子規の歌碑がある明治24年松山に帰る時に中山道を通ったことによるものらしい。まだ国鉄中央本線が開通していないので、中山道を徒歩で下ってきたのだろう。伏見宿に宿泊している。 |
瑞浪の地名が出てきた中山道は御嵩から山道へ入るので瑞浪の市街地は通らない。 |
大きな石碑
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ゆっくり右へカーブして進む右手には歴史のありそうな大きな家。 |
郵便局と一体化した旧家
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風情のある「伏見郵便局」
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交差点に一本松公園トイレや休憩所も整備されている伏見宿のお休みスポット。 |
駱駝の逸話などもパネルで展示されていた。
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本陣跡の碑伏見宿は渡しの変更に伴って作られたがあまり規模は大きくなかったよう。 |
これより尾張領の石柱
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路端の小さな社
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宿場を抜けると坂を下ってゆく
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左手の旧道へ入る
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狭い道を下ってゆく
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道なりに右へ曲がって進み突き当りで右折し国道へ戻る
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出口の中山道標識
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再び国道歩きに歩道は北側にしかない。 |
御嵩は歴史の町をアピール
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再び左手の旧道へちょっと入口が解りにくい、国道の距離標識が目安になった。 |
結構長い旧道が続く
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一度元の国道に合流しそうになるが
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土日営業の五平餅の店
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急に竹藪の「山道」風になる先には高速のガードが見えてくる。 |
高速のガードをくぐる
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じきに元の国道へ合流出口の場所に一里塚の碑。車は入れない道になっている。 |
比衣の一里塚跡碑小さな土の山があるが一里塚の跡かは不明。 |
右手に写真スタジオ
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このあたり「顔戸(ごうど)」コミュニティバスのバス停に中山道の標識が付けてある。 |
右は可児川右手は可児川、その先に名鉄広尾線の線路と架線が見えている、すぐ左が御嵩口の駅のはず。 |
八幡神社の石柱神社は大分奥にあり遠い、 |
また左手の旧道へ入口には中山道の標識あり。 |
すぐに国道へ戻る
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42号を越えた交差点に石碑群いろいろな石碑や灯篭が置いてある。 |
近隣のものを集めたよう常夜灯もある。 |
鬼の首塚関の太郎という悪者を退治した逸話に関連する。 |
他の武者の首塚とは異なる討たれた後に首を京へ運ぼうとしたが動かなくなったのでここに埋めたとか。 |
左に太陽社電機という会社
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「中」の交差点を右折
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寂れた感じの道
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公民館が見えたら左折する反対側の先に御嵩口駅があるはず。 |
立派な中地区の公民館
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立派な旧家もある
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写真館の角を右折し南へ
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金融機関の入口にも宿場の表示
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願興寺は本堂の解体修理中由緒のある立派なお寺だが解体修理中で見学が出来ない。 |
神明社が道の脇に
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広尾線・御嵩駅でゴール時刻は10時45分過ぎ、都合3時間半の歩きだった。中山道は駅前で左折し再び東へ進み、御嵩宿を進んでゆく。 |
ここから新可児駅まで戻る広尾線はワンマン運転の2両編成が新可児との間を往復している短い区間。切符は自販機で購入、新可児駅では出口改札前にきっぷ確認の改札設置あり。 |
歩いたコース 12.1km
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