美濃赤坂から加納(岐阜駅)へ

2020年3月2日 (20.3km、5時間30分)

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朝7時40分、美濃赤坂駅からスタート

朝7時21分の下り電車に乗車、乗客は少しだけ。でも大垣行は通勤で結構満員。駅前のトイレ(新しい)を借りて出発。 北へ400mで中山道へ合流。

急に狭くなる道

駅前は広いがすぐに狭い昔の道に、街道へ出る前左は矢橋家の家が続く。

矢橋家の住宅が左に続く

元は醸造業を営む家だったよう。

両側が風情ある家並み

右手は本陣公園、一時停止の標識があるのが街道との交差点、ここを右折。

街道左手にある宿場表示

旧清水家住宅

左手にある、立派な商家だったよう。

右手は本陣跡で本陣公園

奥には和宮の銅像もあるよう。

西濃鉄道の踏切

この線だけ残存で利用されている、昼飯線など他は全て廃線に。

踏切の右手は旧・赤坂本町駅

昔は旅客輸送もあったよう、今は石灰石の貨物輸送のみ。

まちの家・休憩処

月曜日なのでお休み、それとも早朝なのでやってない?

警察頓所跡(赤坂会館)

明治期の屯所(今の警察署)の復元。

赤坂湊の復元

川を利用した水運で栄えた町、赤坂。

赤坂のシンボル

これって時の鐘?

北方向の貨物線(非電化)

鉱山からはDLで牽引し、美濃赤坂駅からはJR貨物のELで牽引。

御使者場の跡

大名などを地元の有力者が出迎える場所だそうな。

枡形が残る

橋を越え振り返ると金生山

江戸時代から掘り続けられている石灰石鉱山、今も石灰石や生石灰などを生産。

中山道の道標

このあたり道路が複雑に交差、ややこしい。

見逃した池尻一里塚跡

確かに前を通過したはずなのに見逃した、左手を注視しすぎ?石碑は右手の民家の前。

白山神社

ここまで来て一里塚の見落としに気付いて戻るが見つけられず、もう少し戻ればあったはず。

養老鉄道の踏切を越える

左手は東赤坂駅、養老鉄道は元近鉄・養老線、大垣で乗り換えると桑名まで続く狭軌の線路。

ちょうど電車がやってきた

以前は近鉄の旧車両だったが最近は東急のステンレス車が入った。東急は16m車両をホームドアのため 車齢が若いのに廃車、地方私鉄に多く採用された。

日比野五鳳?

昭和の三筆の一人、息子の日比野光鳳も書家。ここ神戸町に日比野五鳳記念美術館がある。
この突き当りから右左折が続く七曲りとなる。

最初の七曲り

ここを右折し南へ。

すぐに左折し東へ

信号交差点の手前の細い道へ右折

突き当りで左折し道路横断

方向を示す標識があって間違えにくい。

東海環状道を越える

前回はなかった環状道の高速道路。

また右折し直ぐに左折

ここに七曲りの石碑(七曲がり半?)

左に長徳寺

このあたり三津屋町

左に岐阜協立大が見える

大垣からバス路線があったはず、ここまでは来られる。

先に川の堤防が見えてくる

素戔嗚社

堤防にぶつかり右へ

暫く川沿いに

ここから堤防上へ登る

川の流れは氾濫の度に替わり急中山道も幾つもルートがあるよう。

最初の橋で向かい側へ渡る

垂井で貰った地図ではこうなっているが他の地図ではもう一つ先の橋を渡る、先で合流。 橋の向こうの神社に一里塚があったよう。

一里塚跡のある神社

この近くを中山道が通っていたよう。

神社の左端にある看板

ここに一里塚があり旅をする人から良く見えたとある。

右折して東北東へ進む

両側はビニールハウスが並ぶが中身は収穫後でからっぽ状態。

ここで右折

右手からのルートと合流

一つ先の橋を渡るルートと合流する。

しばらく進む

ここは安八郡神戸町

「あんぱちぐん・ごうど」と読む。

呂久の地名が出てきた

まだ美江寺まで3.5kmある。

呂久の渡し跡・小簾紅園

皇女和宮がここから船で渡ったという呂久の渡しのあと。

石碑が多数

中にはお手植えの松が多数ある、皇女和宮の関係で後続が多数来るから?

紅園の先を回った先にある

中山道は紅園の先で右折し直ぐに左折、また左折して元の道に戻るが、戻る交差点にあるのが 明治天皇小休所跡。

突き当りを左折

先には揖斐川の堤防

古い道の橋は無いので北上し国道の橋で渡る。

上流方向へ進む

歩道橋で国道の歩道へ上がる

鷺田橋で揖斐川越え

大きな川なので長い橋で時間が掛かる。

橋を越えると左へ行くが横断歩道はない、右手へ降りる

降りると直ぐ左折

国道の下を潜り反対側へ、直ぐに左折し堤防の方向へ戻る。

堤防の下の道へ右折

直ぐ先の斜めの旧道へ

堤防から降りて北東へ向かう旧道へ入る。

左手の奥に巣南庁舎

マンホールカードがある巣南庁舎へ寄り道する。

中学校へぶつかり左手斜めへ北上

赤い橋を越えてすぐ右折する

直ぐ先に瑞穂市巣南庁舎へ

市町村合併で瑞穂市となった旧・巣南町の町役場だった庁舎。 確定申告で混雑していた、でも人は少ない。

下水道課がありカードを貰う

最寄り駅(といっても樽見鉄道)から歩いても遠い難所のカードを入手できた。

橋を越え左折し北進

神明神社

千躰寺前で右折

どんな立派な寺かと思えば荒れた墓地だけの寺。

道標、右赤坂

左折して北へ進む。

美江寺宿に入る

地名は「みえじ」と読む。

右手に本陣跡

突き当りの神社

ここで右折し東へ方向を変えて進む。

神社内にある復元の高札場

折角なら街道沿いに作ればよいのに何故神社の境内?

右手の古い商家

左に一里塚跡

中島時計店の前、時計店はもうやってない?

枡形が残る

樽見鉄道の踏切を越える

樽見鉄道はディーゼルカー、谷汲山や根尾谷の薄墨桜への観光路線だったが セメント輸送も無くなり厳しい経営。

右にさぼてん村の農園

このあたり路肩が極端に狭く歩きにくい。

五六川を越える

小さな川だが一級河川。

左手にサンコー岐阜本社

三甲が正式社名、コンテナなどの成形品のメーカ。

高札場跡

このあたりから道幅が狭くなる。

本田代官所跡

生津(なまづ)という地名

河渡(ごうど)宿へ

長良川の手前の宿場だった河渡宿。橋は無く少し上流の小紅の渡しで渡っていた。

古い畳屋さん

河渡の一里塚跡

小さな社が二つ並んでいる。

長良川堤防に突き当たる

街道は一度川から離れて左手へ進む

朝の電車に乗っていたチアリーディングの女生徒たちが参加の選手権大会を開催中。

左斜めへ

分岐の案内

川沿いに進むと小紅の渡し跡(渡船があるよう)、橋を渡るには左手へ。

河渡公園の先で国道へ出る

長い橋で長良川を越える

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橋を越えたらすぐ左手へ

岐阜駅方向へ斜めに進む旧道が見える。

鏡島湊の案内板

長良川の水運で栄えた湊場だった。

北野神社

古い建物

何かの工場跡かも。

この辺りは鏡島

鏡島弘法の入口石碑

お寺は乙津寺という名前だが鏡島の弘法さんが有名。

旧道は右手へ

広い道路横断地点に松屋、昼食

丁度昼頃なので昼食休憩に。

静かな旧道

バスは岐阜駅方面が頻繁にくる。

「だらり餅」の神社

茶屋は今はアパートに

向かい側に説明板あり、茶屋は無くなってアパートに。

右手へ

左へカーブ

東海道線の高架が見えてきた

鉄道で切られてルートが変化

高架を過ぎ左折ししばらく線路沿いを進む。

斜め右手へ進む旧道へ

見逃した一里塚跡

場所は正しかったが雑草が生い茂り見つけられず。もう一度行ってみようかと。

まだまだ続く旧道歩き

阿賀多神社

ここが加納宿の西入口

本荘村から加納宿へ入る場所いある説明板。

西番所の跡

まだまだ曲がりながら進む

秋葉神社

左手先には高層ビルが見える。

ここにも秋葉神社

駅からの道と交差

左手先が岐阜駅、今日はここでゴール。

ここは横断不可

先に見えるJR岐阜駅

歩いたコース:20.3km/5時間15分