各務ヶ原から太田橋南へ

2021年1月6日 (13.2km、4時間35分)

朝8時5分過ぎ、各務ヶ原本駅に到着

駅前の21号線の左手には三柿野の跨線橋が見える。

駅から道路を横断し南側へ

すぐに三柿野の跨線橋がある、JRの線路を越える。

跨線橋の手前に大きな歯科

随分大きな歯科医院、でもやってるのか?

跨線橋から

降りた右手に一里塚があるはず。

工場の間に石碑がある

一里塚の案内は無いが

何も一里塚の表示はないが山の前の一里塚のよう。

OKB5?

ここにも大垣共立銀行のポスターが。

左手には日本キャタピラー

21号線は右へ曲がってゆく

旧道は坂道なので右に新しい道路を作ったらしい。

ここは左の旧道へ

左に福祉センター

津島神社

左へ行くと皆楽座?

名鉄は右手に。

緩やかな坂道で登る

少しづつは登ってゆく道。

日露戦役の忠魂碑

右手は段丘で低い所に住宅地

空安寺

衣装塚古墳

右手には市街地

二階建ての高さ位の段差がある。

地蔵堂がある

ここから下りになる

右手には犬山城の遠景

木曽側の向こうにある犬山城が見える。

鵜沼宿・西の見付跡

上には池があるよう。

路端の石像

木曽川泥流堆積物

鵜沼宿の入口

鵜沼宿

懐かしい風景

火の見櫓もある懐かしい風景

3軒並んだ商家

立派な造りの家

路地は川沿いだった?

二ノ宮神社

鵜沼宿脇本陣

立派な玄関

大名しか通れなかった玄関。。

ガラスの中は何?

これは芭蕉の句碑

造り酒屋の大きなタンク

鵜沼宿の町並み

本陣跡

何も残ってはいない。

造り酒屋「菊川」

古い風情のある大きな建物。

旧武藤家住宅

大きな商家。

案内板

振り返った風景

橋を越える

石碑は新しい、最近整備された?

鵜沼宿の様子

広い道路の向こうに高札場(復元)

変形交差点を直進

また坂を登る

見桃院、変わった名前

赤坂神社

また高札場跡

さっきの復元はここにあったのかも。

右手は坂

赤坂の地蔵と見附跡

説明板

ここが鵜沼宿の東端だった。ここを左折して坂道を上ってゆく。

結構な坂道

振り返ると

坂の急さが良くわかる。

頂上かと思うがまだ途中

右手へ曲がって上る。

鵜沼宿遠望の案内

ここが坂の頂上付近、右手へ

左手が池

池に沿い左折する

うぬまの森公園が見えてくる

公園で休憩

この建物は図書館のよう。

日本ライン・うぬまの森

一帯は公園として整備されている。

うとう峠越えに

標識に沿って進み峠を越える。

すぐにうとう峠一里塚の標識

わずかに形を残すようだが。

一里塚の説明板

どこのものも同じような説明。

石畳の道を上ってゆく

石畳の道も苔があると滑りやすく歩きにくい。

まだまだ上る

広場が峠のよう

ここから坂祝町で道は土道に

落ち葉の道を下る

まむしに注意の看板あり。

やっと先が明るくなって木曽川が近い

小さな橋

前回通った時には記憶がないが。

坂祝側の案内板

国道をくぐるトンネル

雨で増水すると通れないと注意がある。引き返してどこまで戻る?

トンネルの先は木曽川が見える

階段を上ると国道

すぐ先で各務原市となる。ここを右へ進む。

トンネルへ降りる指示

これだけで解るとは言い難いけど。

すっかり荒れ果てた廃業したレストラン

高速道路の整備が進み交通量が減って廃業した店舗が多数。

道路を山側へ渡る

この先、線路沿いしか歩道がない。

道路の右手は木曽川

ずっとこのような風景が続く、左は山。

旧道が一部で残る

短区間だが旧道が残る。

岩屋観音堂へと矢印

階段を上って上にある観音堂を指すがここはパスして下の道を行く。

猿啄城展望台

100mとあるが山の上なので入口まで?

右手は堤防が続く道に

坂祝駅の入口

左手奥に高山本線・坂祝駅

墓地があると思ったらお寺

禅寺だった。

右手は堤防の上に散策路、水位観測所?

坂祝町・取組

一里塚が近いはずと探して歩く。

難読町村名「坂祝」

一度聞くと忘れない町名だが。

取組の一里塚

取組の一里塚の表記は裏側にある。

振り返ってみると一里塚とある

閉鎖となるパジェロ製造の工場

元々は三菱自動車の工場だった、パジェロの販売不振で閉鎖となる。

木曽川の中州の島へ行く道

横には大きなラブホテルがある。

美濃加茂市に入る

市の名前は美濃加茂市だが駅は美濃太田。

深田神社の手前で堤防上へ

右折すると目の前は堤防

右手に日本ライン漁業協同組合

先に41号の橋、その奥に太田橋

中山道は太田橋あたりに太田の渡しがあった。

41号の橋の手前で左折

坪内逍遥ゆかりのムクノキ

小さなお堂を左折し北へ

すぐ左折すると桝形になっている

右折し東へ、太田宿

東へ続く太田宿

高札場跡と郡上街道追分

追分の石碑

コミュニティバスは「あい愛バス」

ここも路線バスはない。

これは郵便局

中山道会館で休憩

平日でも車で来る人が結構いる。

止まり木の付いた木

ここで昼食休憩

展示施設もある

昔の商家の様子

本陣の門が残る

立派な商家

変わったうだつがある

造り酒屋「御代桜」

酒屋の建物は面白い

渡し場公園

ベンチが船形になっている。

商家が続く

桝形

突き当りはお寺。

休憩施設

今回はパス。

道はくねくね曲がっている

右手は木曽川堤防

左手の先に美濃太田駅が見える

法華経塚と飛騨街道追分

太田宿には2つの追分があり交通の要衝だったとわかる。

案内標識

右は次の伏見宿まで三里とある。。

また堤防上へ右折

すぐ先が堤防

堤防にも曲がる指示

岡本一平終焉の地

岡本一平は明治期の漫画家のよう。中山道会館に展示あり。

文化会館は工事中

脇にある一里塚跡の標柱をさがした。

柵の中にある一里塚の標柱

これが古井の一里塚跡、わかりにくい。

彫刻モニュメント?

どうやら虫のよう、駅前にも彫刻が多数あった。

太田橋が近くなった

川幅が広がっているので左へ大きく遠回り。

太田橋北端側

途中までは普通の橋、半分から先がラーメン橋?

側道橋は昔はなかったよう

狭い車道だけの橋を渡るのは苦難。

ラーメン橋部分

この下が木曽川の川となっている。

南側の今渡渡し場跡

渡し場の位置は何度か変わっているよう古い一里塚が下流側にあるよう。

道は左へカーブ

橋を越えた道は左へカーブし川の上流側へ進む。

この交差点でゴール

今回はここで終了、次回は御嵩を目指す。 この交差を右折し名鉄・日本ライン今渡駅から犬山へ向かう。

歩いたコース 13.2km