本庄駅から籠原へ2020年3月11日 (16.1km) |
朝8時51分本庄駅に到着いつも朝食を食べる駅前のなか卯が人出不足で休業、仕方なく浦和駅の駅ナカで食べることに。 |
前回のゴール地点にここから右手の進む方向を見た様子、直進すると市役所。 |
お寺?のようだが明治期の困窮で境内を売り細い奥まった土地になった寺。 |
旧街道は県道に
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左手の宴会場?
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右には本庄第一高・野球部の合宿所こんな立派な合宿所が出来るのも田舎だから? |
まもなく17号と交差し直進ここは歩道橋しかないので階段を登り下り。 |
のどかな道にまだやってない、それとも定休日の六助うどん。 |
小さな川を越える堤防には菜の花が綺麗。 |
立派な武家門のある家内野歯科医院とあるので歯医者さん。 |
道端の子育地蔵尊左の石塔は「塞神」?村や部落の境にあって,他から侵入するものを防ぐ神だそう。 |
右には多数の石碑道祖神が多そうだが。 |
火の見櫓が残る
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奥まった寺何宗と書いてないが真宗だろう。 |
八幡大神社また大げさな名前。 |
田島弥平?って誰明治初期に大きな影響力を持った養蚕業者田島弥平が自身の養蚕理論に基づいて改築した民家。 近代養蚕農家の原型とも言われるその旧宅は国の史跡、2013年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」 の構成資産として世界遺産リストに登録。 |
右の行き止まりの道が旧道新しい国道のため分断されてしまった。 |
向こうに続くが渡れない少し左へ戻り柵の切れ目を渡る。 |
盲腸道路となりのどか
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瀧岡橋を渡る建築遺産にしていされてると橋のたもとにあった。 |
片道1車線だが立派な橋川の名は「こやまかわ」。 |
菜の花越しに青空このあたり送電鉄塔だらけ。 |
17号のバイパスを横断
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旧道は直進せず右手へ
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旧道はバイパスで切られているここをUターンし進む。 |
右手に百庚申と神社
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庚申塚が沢山ある
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その先すぐに左折し進む
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左折ポイントに案内標識さすがにここは分かりにくい右折ポイント。 |
旧道脇には古い消防団の建物
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奥まったお寺
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右手が岡部駅の標識やっと一駅分進んだ。 |
奥行きの長い神社
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国道17号に合流
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左手は古墳?
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関東分岐器は駅そばの線路沿いにある、出荷は貨車で?
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もくれんの花が綺麗に咲いている他でもあちこちで満開になっていた。 |
古めかしい医院まだやっているのかも。 |
右手の煉瓦造りの建物入口が妙に和風でアンマッチ感が大。 |
東京まで80km国道には100mおきに表示あり。 |
寂れた神社?
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高島秋帆の幽閉?江戸時代後期から末期の砲術家で高島流砲術の創始者(流祖)、1842年長崎会所の長年にわたる 杜撰な運営の責任者として長崎奉行・伊沢政義に逮捕・投獄され、高島家は断絶となり武蔵国岡部藩にて 幽閉された。 |
立派な民家
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二十二夜塔?旧暦22日の月待の記念として、二十二夜講中によって造立された塔で、ほとんどは女人講、念仏講だった。 |
旧道は左手へしばらく静かな道に。 |
ふたたび17号に、直進し深谷へ
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瀧宮神社
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すぐ右手は高崎線
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静かな旧街道
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壊れた温室が痛々しい
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線路の向こうにもお寺お寺の参道を高崎線が横切っている。 |
立派な煙突が見えてきた
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枡形の名残のカーブ
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酒造・菊泉
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蔵のある家
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酒造店の跡地を活用
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奥行きの長い土地
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本陣遺構私有地内には一部が残っていると書いてある、公開はしていない。 |
右手に煉瓦造り風の深谷駅駅へまっすぐ右へ続く道はまだ工事中。 |
ここも蔵のある家
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立派な洋館の家前は広い駐車場、車庫も煉瓦造り風。 |
常夜灯・深谷宿の入口
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17号と交差直ぐ先の左手は深谷第一高校。 |
卒業式の終わったところ?卒業式だったよう、在校生や保護者はいないので閑散。 |
分かれ道に見返りの松
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松並木があったよう銀杏並木は枝が切られてしまい痛々しい姿。 |
愛宕神社
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地名にも並木がつくが。
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熊野大神社
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赤い鳥居が並ぶ鬼林稲荷
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撮り逃した一里塚跡枝が切り払われて寂しい姿だったので通り過ぎた。 |
国土交通省の天下り先団体軽自動車には車検が無いが同等の検査を民間でするという建前でできた天下り団体、結局は官庁の ご都合。 |
籠原駅の入口でゴール
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JR籠原駅午後1時に籠原駅に到着、スタートから4時間10分。 |
歩いたコース:16.1km/4時間10分
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