横浜から蒲田へ
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前回ゴールの青木橋手前からスタート旧東海道は踏切で東海道線を越えていたが、ルートを変えて地下道化されたので踏入は廃止され歩行者は跨線橋を通ることに。 |
青木橋は切通しに掛かる橋江戸時代まで小高い丘だったが東海道線と国道一号を通すため大きく切通しを作り、その土は横浜駅周辺の埋め立てに使ったそう。 |
![]() 橋だが下はJRと京浜急行JRが東海道線、横須賀線、京浜東北線、京浜急行の本線が通る広い切通し。 |
![]() 橋の北側には大きく削られた丘の斜面が見えるお寺も坂の上の崖上になってしまっている、このお寺は幕末の大使館だったはず。 |
![]() すぐに宮前商店街へ入る以前通った時はまだ商店もあったようだが今は商店街とは呼べない状況に。 |
![]() 洲崎大神がある
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![]() 直ぐに国道15号線へ出て左折国道15号線の上には首都高速道路が被さっていて圧迫感あり。 |
![]() 滝の川から左折し歴史の道を行く本当の旧街道はそのまま15号線を行くが歴史の道へ迂回。 |
![]() この辺りに本陣があったらしい
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![]() 右折すると松並木もちろん最近植えたもの、でも道沿いには古いお寺が並んでいる。 |
![]() 江戸末期の宣教師宿舎の跡大使館や宣教師の宿舎にはお寺が利用された。 |
![]() 復元の高札場(場所も違う)
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![]() 東神奈川駅の方向左手へ行けば京浜急行の仲木戸駅、その先にはJRの東神奈川駅がある。 |
![]() 日本橋まで28kmの標識最後のゴールとなる日本橋まで28km。 |
![]() 良泉寺、立派な寺
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![]() 東京までの距離の標識東京までって、どこまで?日本橋ではないのか。 |
![]() 距離標識は日本橋まで27km
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![]() 新子安あたりは高層マンションが増えたそれでも古い家も残ってはいるが消えるのは時間の問題か。 |
![]() 日本橋まで26km
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![]() 新しく出来た高速道路が見えてきた浅野学園とJR線路を越え、15号線も超えて左カーブしキリンビールの前を高架で進む。 |
![]() 貨物線の高架の上に高速道路この先で旧道は右手の道へキリンビールの横浜工場沿いに進む。 |
![]() キリンビールは前側が削られ工場見学受付も移動前の面影はなくなっている。 |
![]() 生麦事件の碑は新しい場所へ移動高速道路工事で移動、覆いと説明板が新しくなっている。 この場所は刀で切られたマナーの悪いイギリス人が逃げてきて追いかけてきた薩摩藩士に止めを刺された場所のよう、 |
![]() 右手は高速道路の高架下の緑地に右手、元は工場敷地内だったが高速道路ができて公開緑地になっているよう。 |
![]() 暫く行くと交差点そのまま直進する。 |
![]() 民家の前に生麦事件の説明板この辺りで薩摩の大名行列に乗馬のまま入り込んで、慌てて引き返そうとし更に混乱を酷くし薩摩藩士に切り付けられた。 少し江戸よりでマナーの良いアメリカ人は下馬し帽子を取り膝をついて島津公に敬意を表し何の問題も起こらなかったが、マナーの悪い英国人が傲慢な対応で切られた。 |
![]() 生麦は漁師の街、魚屋や海産物屋が多い時間が遅いので魚屋はもうお終いで店じまい。右手裏はすぐに海で船溜まりになっている。 |
![]() 鶴見線の高架が見えてきたくぐる左手が「鶴見線・国道駅」、もちろん無人駅。 |
![]() ガード下は店が閉まり廃墟のよう
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![]() 先には川崎の高層ビルも見えてくる
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![]() 鶴見駅が近づいて商店街の雰囲気に
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![]() 京急鶴見駅を横切るここで昼食休憩、かつやが混んでいたのでてんやの天丼に。 |
![]() さらに進む、右へカーブしてゆく
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![]() 寺尾稲荷道の分岐
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![]() 鶴見橋関門の跡江戸時代末期に設けられた関門の跡、横浜台町にもあった。 |
![]() 鶴見橋鶴見川を渡ってゆくしゃれた造りの橋。 |
![]() 市場村一里塚の碑江戸から5つ目の一里塚、昭和初期までは榎が茂っていたよう。 |
![]() 京急八丁畷駅京急は地上、上には南部支線と貨物線をつなぐ高架がある。 |
![]() 踏切手前に無縁墓の碑
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![]() 踏切を渡り左手へ
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![]() すぐに芭蕉の歌碑がある陸奥から帰る芭蕉が通って歌を詠んだのだそう。 |
![]() 川崎中心部へ
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![]() 川崎宿の京口(西端)ここから川崎宿となる。川崎宿は当初は間の宿だったが後に正式な宿場になったのだそう。 |
![]() 小土呂橋の親柱がこのあたりに川があり小土呂橋が架かっていた。今は広い南北の道路で面影は何もない。 |
![]() 右手に川崎の飲み屋街
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![]() この道は砂子通り
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![]() 立派なかわさき宿交流館以前は少し手前に砂子の里資料館があったが、こちらへ移ったよう。 |
![]() 田中本陣の説明板まだまだ下り坂が続く、登るときはきつかったとの思い出がよみがえる。 |
![]() 六郷の渡しの説明板江戸初期は橋があったが流された後は渡しになった。 |
![]() 橋の手前に大師道の分岐川崎大師へ参拝にゆく道が分岐してゆく。 |
![]() 橋の直前にある川崎大師の灯篭この辺りは長十郎梨の原産地らしい。 |
![]() ここから東京都・大田区へ多摩川を越えてゆく六郷橋、箱根駅伝でもここで白バイが警視庁から神奈川県警に交代する。 |
![]() 橋を渡ると旧六郷橋の一部が公園に残されている。
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![]() 日本橋まで18kmに
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![]() 日本橋まで17kmに
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![]() スーパーOKの本社店舗5‐6階建ての大きな店舗、商品は段ボールのまま積み上げて展示のよう。 |
![]() 日本橋まで15kmに
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![]() 先に京急の羽田線の高架が見えてきた昔は地上交差で渋滞が酷かったが。 |
![]() 頭上の京急高架の合流ポイント狭いスペースなので駅はたてに重ねていて羽田線は2階建てになって合流。 |
![]() 新しくなった京急蒲田駅今回はここでゴール、あと1回で日本橋へ行けるので最後の歩きにしよう。 ここからJR蒲田駅までは600m強と結構遠い。 |
歩いたコース(SONY GPS-CS1Kで記録)
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