辻堂から戸塚へ
2018年2月5日

前回ゴールの二ツ谷交差点からスタート

直ぐ左手に二ッ家稲荷がある

何故か地名とは「谷」と「家」で字が違っている。

羽鳥の一里塚

標識が一本立っているだけ、説明もなにもない。

日本橋から54km

大山道の入口には不動明王?と鳥居

火炎をまとい怖そうな不動明王

旧道は一号線から右へそれてゆく

左手に神社が

旧道沿いには大きな古い家が

メルシャンの工場のタンクがそびえる

このすぐ先の反対側におしゃれ地蔵があったが見過ごした。

旧道沿いにはお寺も多い

引地川を渡る引地橋

橋を渡ると旧道は左手へ遠回り

先の丘の上に石名坂のごみ焼却施設の煙突が見える、ここには温水プールもあるよう。

でも右折しすぐに合流

地図で見ると江戸方向からくる道はまっすぐ進み、川の手前で左へ曲がっていたよう。

地区一の公立高校「湘南高校」

湘南地区では何といっても湘南高校、つぎは鎌倉高校という順位らしい。

藤沢宿の京見附跡の標識

ここからが藤沢宿、だんだん賑わいが見られる街に。

伊勢山橋で小田急・江の島線を越える

小田急・江の島線を越える跨線橋、直ぐ北側に藤沢本町の駅が見える。このあたりが古い藤沢の中心地。

左手の先に白旗神社が見える

源氏ゆかりの白旗神社。

義経首洗いの井戸が残る

討ち取られた義経の首が鎌倉へ運ばれる前に洗われたとされる井戸。

東電の変圧器箱?を利用した街道案内

この辺りは電線地中化で電柱がない、その代わりに変圧器箱が路辺に設置されている。

古い商家も残っている

以前の藤沢市の観光施設が角に

現在の藤沢橋は新しい橋で旧東海道はこの角を左折して赤い橋を渡る。まっすぐ行くと遊行寺の門。

遊行寺橋で堺川を渡る

コンクリート護岸で深くなった川を渡ってゆく。

新しい市の施設が遊行寺門手前に

あいにく月曜日は休みのよう、また来よう。

右折前の正面に見える遊行寺の門

本当の名前は清浄光寺という名前だが遊行寺が通称で有名、時宗の総本山。

直ぐに左折して遊行寺坂を登る

結構な勾配で登ってゆく、箱根駅伝でも話題になる遊行寺坂。

藤沢宿・江戸見附

ここで藤沢宿はお終い。

一里塚の碑

まだまだ登ってゆく

松はほとんど枯れてしまい「東海道松林」の案内板も撤去されたよう。

1号線との合流前に戸塚区へ入る

坂をほぼ上り切ったあたりで藤沢市から横浜市戸塚区に入ってゆく。

鉄砲宿の案内板

横浜市の設置した案内標識

国道一号線と合流

今は藤沢バイパスが一号線になっていて、京都へ向かってメインは右手へ分岐して流れてゆく。

真ん中に木、左右には松も残る道

このあたりから東海道は北東方向へ進んでゆく。

48kmの標識

渋滞名所だった原宿交差点

前回通った時は工事中で大混雑だったが立体交差化でスムーズになっている、交差点上は交通量が少なく閑散?

原宿の一里塚跡

説明板?が新しくなっていた。

46kmの標識

右手の壁の先は崖になっていて見晴らしがよいが危険なので塞いでいる?

お軽・寛平の道行きの碑

マンションの前に移設されていた。

旧道は右手へ坂を下り戸塚宿へ

国道一号線は戸塚バイパスで戸塚宿・戸塚駅を避けて尾根の上の直進してゆく。

「大坂」の碑

どうやら2つの坂が連なっていたらしいとの説明もある。

大六天神社もある

バイパスはすぐ上の尾根を走っている。

冨塚八幡宮の石段

歩道からいきなり階段が続いている。

戸塚宿・深澤本陣跡

2つあった本陣の一つ、明治天皇の休息所の記念碑、京都から江戸へ行く際に本陣で休んだということか。

戸塚駅前の再開発ビル「tostukana」が見えてきた

ごちゃごちゃしバス乗り場やタクシー乗り場も狭くて不便だった駅前北口、再開発ですっきり。 区役所も駅前で便利に、メインは東急プラザと地元商店、バスセンタは集約されて便利に。

有名だった踏切廃止、道路は地下へ立体交差

箱根駅伝が通っていたころは踏切(もともと開かずの踏切)で停められて運命の分かれ道にも。 今はバイパス経由なのでそんなこともなくなり、箱根では電車が待ってくれる。

右手に行くと東海道線へぶつかる

踏切廃止となり車はアンダーパスで、歩行者は歩道橋で東海道線を越えてゆく。

これが東海道線を越える歩道

右手には戸塚駅が

歩いたコース(SONY GPS-CS1Kで記録)

SONY GPSの記録は実際歩いた道からかなりからずれている、原因不明だが。