豊明から岡崎
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11時ころ名鉄・豊明駅に到着刈谷で名鉄・三河線に乗換え知立で名古屋本線で豊明まで移動。 |
駅前の彫像駅前直ぐ先に国道一号線。 |
豊明駅前交差点からスタート
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すぐ前に伊勢湾自動車道豊田JCTから伊勢湾を横断し新名神へ繋がる道。 |
この先の新道?は自転車・歩行者は通れない左手の旧道へ回り道 |
旧道の境川の橋を渡る
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境橋は国境?境橋、尾張と三河の国境だった。 |
左手先にパスコの工場
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1号線へ合流、反対側へ渡る旧道は右へそれるので横断するが横断歩道はなく地下道で。 |
この右手の道が旧道旧東海道は真っすぐな道はすくなく左右にうねうねしている部分が多い。 |
静かな旧道を進む
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やたら低い横断歩道橋アンダーパスになっている道路を越えるので低い。 |
右手には名鉄の富士松駅
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立派な門の家もあある
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乗蓮寺
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ひもかわうどんの碑
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1号線にまた合流
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一里塚が近い一里山町というのはあちこちにある地名、一里塚があったから? |
知立市に入るこの横断歩道橋の下に一里塚の碑がある、分りにくい。 |
知立市の碑、小さい横断歩道橋の下にひっそり。 |
水素ステーション水素を燃料とする燃料電池車のためのものだが普及は大分先? |
逢妻で知立市内へそれる 右手の道へ入って進むと知立市内の中心部へ。 |
逢妻橋
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橋を渡ると直ぐ左手の旧道へ
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住宅街の旧道を進む |
総持寺?桜がきれいに咲いている。 |
常夜灯
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横断できないここも左に見える横断地下道で渡る。 |
突き当りを右折する
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右手に知立古城址右手の碑は明治天皇の碑。 |
狭い道を進む
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本町の山車の倉庫
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一本裏手に本陣跡
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知立のリリオホールが左手に駅前に近い知立市の施設。 |
2階のトイレを借用
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問屋場の跡石碑だけ。 |
広い道路に出るが直進正面の狭い道が旧東海道。 |
古い家も残る
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桃の花?
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名鉄三河線の踏切を越える
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国道1号線と交差いんちき教会風の結婚式場、中央は実装機専業の富士機械が見えている。 |
向こう側へは地下道で2本の道を潜って渡る横断地下道。 |
渡った先旧道は松並木の道。 |
知立松並木ここは両側の松並木が残っている。 |
右手には遊歩道この地下は明治用水の管路が埋めてある。 |
馬市の碑知立は馬の産地で有名だったのだそう。 |
右手には池も
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衣浦豊田道にぶつかる路
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自動車道下の横断歩道橋横断はここも歩道橋。 |
左手には入口ゲート
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まっすぐ進む
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来迎寺の一里塚ここは北と南の両塚が残っている。 |
こちらは南塚ほぼ原形のままで残っているが木は新たに植えたよう。 |
北塚は公民館に迫られている公民館が塚の一部に食い込んでいるのは残念。 |
元禄の道標
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八橋の無量寿寺への分岐在原の業平ゆかりのかきつばたの寺への曲がり角。 |
御鍬神社
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猿渡川橋この橋を渡ると安城市へ。 |
松並木が残っている残念ながら両側残るのはほんの一部。。 |
ゆったり曲がりながら進む
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地蔵堂?
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洒落たJAの店舗
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ここで昼食旧道は店がほとんどない、新しいコンビニで昼食休憩とトイレ。 |
タカロンて何?自動車用のフェルト製品を作る会社で大正11年創業と歴史のある会社のよう。 |
日吉神社
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永安寺雲竜の松で有名、お寺は小さい。 |
全景だが迫力は分かりにくい?
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木の近くからは大迫力
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ここにも明治天皇の記念碑
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一里塚跡熊野神社の左手に石碑だけ。 |
熊野神社おおきな神社、歩行者向けのトイレもあるよう。 |
予科練の碑ここのあった岡崎海軍航空隊の碑。 |
まだまだ松並木が続く
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右手からの国道と合流
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岡崎市に入る
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一号線左手の薬王寺道路拡幅でも残った? |
向かい側にも大きな寺院聖禅寺という名前のよう。入口は国道のせいで閉鎖。 |
旧道の名残り?短区間だけ左へ膨らんだ道路。 |
旧道は左の小道へ
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突き当りには矢作川の堤防
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古い和菓子屋・近江屋本店
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一里塚があった場所堤防低簿直前のこのお寺の前あたりにあったらしい。 |
堤防左手の出合いの像藤吉郎が蜂須賀小六に出会ったという逸話による。 |
像の後ろには旧橋の一部かけ替えられた前の橋の名残。 |
歩道も広い、もう16km進んでいる
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右手には角九の八丁味噌の看板が
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橋を渡り地下道でくぐって進む道橋の位置が高いのでくぐる為に大分大回りに。 |
静かな旧道このあと堤防上を通り隣にある六華苑を久しぶりに見学して帰った。 |
左手には味噌蔵の通り
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昔ながらの店舗。
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有名な角九の八丁味噌
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愛知環状鉄道・中岡崎駅スタートから4時間15分ほど、約17km、岡崎駅で乗り換えて帰宅。 |
歩いたコース
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