庄野宿から富田へ
2019年3月5日

朝12時前に加佐登駅に到着、歩き始める

ここまで辻堂駅から6時間40分程、駅のトイレを利用後スタートし四日市、富田を目指す。

まずは前回のゴール地点へ

左手へ進み踏切を渡って庄野宿の出口へ。

これが進んで来た庄野宿の方向。

右折方向が前回やってきた道。。

そのまま直進し1号線へ出て左折

このあたり旧道は失われている。

片道2車線の1号線をトラックが疾走

東京から408.5kmの標識。

左手下には加佐登駅が見える

関西線はここから東海道と離れ、鈴鹿川沿いに進み富田駅の手前まで離れている。

左手のイスのメーカの工場

前回は右手に見て通ったことを思い出す。

少し先で左の小道へ

この先は国道と関西線の線路が旧東海道を分断していて回り道。

案内標識

狭い農道みたいな道で馴れない人には親切、前回は無かったような。。

まず県道27号を潜る

関西線にぶつかるので右へ

右には1号線があるので右手のトンネルで抜ける。

関西線にそって右へ

関西線が渡れないので右手へ進み、トンネルで反対側へ。

丁度電車が来た

1時間に2本?しかないローカル路線。

このトンネルで向こう側へ

昔は踏切だったのだろうが。

すぐに一里塚跡が見える

ここが石薬師の一里塚跡。

左手を見ると

古い道の跡があるが関西線と道路に分断されてしまっている。

一里塚跡

ここも塚は残っていない。

右折し石薬師の集落へ

坂を下り左へ曲がる

旧街道の雰囲気がいっぱい。

短歌の看板が次次と

ここは佐々木信綱の出身地。

ゆるやかな上り坂

左手にお寺、これが石薬師の入口

江戸から来ると裏口から入ることになる。

中は立派なお寺

石薬師は本尊の薬師如来から、お寺の名前は石薬師寺。

これが本堂

奥に本尊を安置、西国薬師第三十三番。

こちらは江戸方向の裏口?

本堂の斜め後ろの入口、まあ便利だから作ったのだろうけど。

1号線の切通しを橋で渡る

古風なデザインの橋の下は国道一号線でトラックが走る轟音がする。

橋を渡り終えた方向から

橋の向こうの右手が石薬師、東海道は右手へまがり坂を下る。

ふたたび長閑な街道歩き

3月上旬とな思えないポカポカ陽気。

お寺が多い、これは浄福寺

寺の前には佐々木信綱顕彰碑

天野記念館

今はもう使わないがタイムレコーダのアマノの創業者の出身地、

小塚本陣跡

他には看板もないので一か所だけ?

1号線へ合流する

右から来る1号線に合流、手前にあった石薬師宿の看板。

直ぐに右手の尾根道へ

国道一号線は地下道で渡る。

静かな旧道

ゆたtりと右へ左へくねる道。。

また1号線に合流

合流地点の手前にあった地蔵堂。

合流するが旧道の残り?

右手に中途半端な道が残る、旧道の残りかな。

これがその部分

まっすぐにしなかったのは何故?

采女の一里塚跡

ガソリンスタンド脇にひっそりある、後程ここは本来の場所でないと分った。

右手へそれて尾根道へ

旧東海道は尾根道が多く、ここも先で急坂(杖突坂)となっているので国道は左手をさkで下る。

国道を見下ろす尾根道

広場のような場所、四日市のしないが見通せる。

本当に一里塚の場所はここ

一里塚跡の説明

碑を設置する場所と費用を提供したので現在のGS横の場所へ移ったよう。

右手に物騒な名前の神社

最後は急坂で下る

これは道路には無理そうな急こう配の道。

下から見ても急こう配

杖衝坂の石碑

杖を衝かないと登れないくらいの急坂だったかららしいが。

まちかど博物館はお休み

坂を下り右折、左折と曲がる

突き当りが一号線

坂を下った道は1号線に合流し内部川を渡る。

新しい橋を渡る

橋の左手へ行くが横断歩道はない。

橋の向こうで下のトンネルを抜ける

ここを通り反対側へ

すぐに右折し旧街道を進む

右手に内部駅

四日市あすなろう鉄道(旧、近鉄内部線)の終点の駅。

ナローゲージの電車

近鉄でもナローはここと西桑名からの路線のみだったので維持も困難で第三セクターに。

まがりくねった道

また左手へ

小許曽神社?

良く曲がる旧道

このあたり昔のままの道幅?

追分駅で休憩

トイレを借りてしばし休憩、電車は1時間に2本程度。

踏切で電車を撮影

さっき内部駅で見た電車がやってきた。

追分

東海道を伊勢参宮街道の追分、国道も2つに分かれる、分岐する三角形に土地に鳥居と井戸。

旧道は左手の細い道へ

旧道沿いに国道一号線が出来ている。

日永の郷土資料館は休み

味噌屋の樽の展示

まだ「近鉄」のままの表示

下の看板はこの先四日市市内に設置、現在地の目安や距離も書いてあり役立つ。

名残りの松

日永の一里塚跡

石碑のみ。

日永神社

黄色い道は旧東海道

左右が黄色い色のしてあり複雑な経路でも迷わないので便利。

狭いので車が来ると大変

車の行き違いでは歩道へ大きくせり出してくるので危険。

また狭くなって昔の道幅に

右手の幟は四日市のゆるきゃら「こにゅうどうくん」。

近鉄・名古屋線の高架をくぐる

近鉄線は四日市市内はほぼ高架、JR線は海沿いで繁華街からは遠い。

まっすぐ進む

両側の歩道には黄色い舗装。

駅前道路の向こうは参道?

旧街道は諏訪神社のアーケードの参道へと続く。イオンの創業店「岡田屋」もこの近所。

いまは人も少ないが飲食店も多数

昔はJR四日市駅とこの辺りが街の中心だった、近鉄もJR四日市駅近くに駅があった。

ここが諏訪神社

旧東海道の左手に立派な銅葺きの鳥居。

右へ曲がり1号線にぶつかる

この先はしばらく旧道は消えている。

この道標で旧道に復帰

国道一号に並行して進む

昔の繁華街跡、いまは寂れているが大きな店舗が多い。

なが餅・笹井屋の本店

いまは国道一号の店が本店のような感じだが、ここは江戸時代からの店舗。

橋を越えまっすぐ進む

河原町は万古焼の街

近鉄の河原町駅の南側一帯には万古焼の攻防が並ぶ。

川に突き当たるが橋はない


一号線の橋を渡る

橋を渡った先に一里塚の碑

ここが三ツ谷の一里塚跡。

多度神社

多度ってあの多度?

一号線へ合流

このあたりは片道1車線で狭い区間。

東京から393km

加佐登近くから15km位来たことになる。

東京書店の先で左手へ入る

黄色い舗装でガイド

鍵の手の道も解りやすい。

みよと石

反対側の神社にも石があり。夫婦石とも呼ばれイザナギ・イザナミをまつったものだそう。

志氏神社

変わった名前の神社。

かわらずの松

羽津の松、四日市で残るのは日永とここの2本だけだそう。昭和13年の現一号線開通まではこの道が賑わったとか。

常夜灯

一号線を越え23号へ行く道をくぐる

一号線は狭いので国道23号線(名四国道)がメインのような印象。

まだ続く黄色の道

左へ曲がり鍵の手に

茂福の力石と用水記念碑

120kgの重い力石、用水は十四川からの農業用水だったが伊勢湾台風で埋もれ廃止に。

畳屋さんが元気

常夜灯

十四川、桜の時期は綺麗

桜の木が両岸にあり花が咲くころは桜祭りで賑わう。

近鉄富田駅前の通りと交差

左手の小学校を過ぎると近鉄富田駅からの道と交差、左へ行くと駅(三岐鉄道の駅も)、線路の先には四日市高校。 津高校と並ぶ三重県屈指の公立高校。

はかり屋さんが元気

その先で左折し北へ

JR富田駅入口でゴールに

JR富田駅に到着、歩行5時間

午後5時過ぎにゴール、関西線の電車で名古屋へ戻る。

歩いたコース