野路から石部宿へ
2019年3月18日

野路の交差点からスタート

朝7時半に南草津駅をスタート、昨日のゴールの野路の交差点へ移動してスタート。 直ぐに左手へ、旧東海道はこの1号線を横断している。

すぐ右手に神社

小学生の集団通学が信号を渡って進んでくるが青信号の時間は短いので渋滞気味。

細い旧道だが車が多い

天井川という酒のブランドもある

草津川は天井川としても有名だった、今は流路が替えられて水はなく公園になってるのだが。

現在の草津川を渡る

左手に立木神社

続いて伯母川の立木橋を渡る

左手角には立木神社の別の入口

商家の間を進む

立派な近江商人の家

道灌蔵という酒屋

草津宿の歴史館

月曜なので休み。

草津本陣の施設もまだ開いてない

草津本陣

ここも今日の月曜は休み。。

本陣の前、閉まっている

草津宿の看板

明治の郵便ポスト

まだ黒かった時代の郵便収集箱、実際に使われている。

追分に、先は旧草津川のトンネル

直進するのが旧中山道、右へ曲がるのが旧東海道。

角にある追分の碑

みぎ東海道みち、ひだり中山道みち。

右折して南方向へ進む

すぐ左手は旧草津川の高い堤防

まさに天井川だった。

坂を登って堤防上へ

堤防整備で移転した地蔵尊

この一帯は川底部分が公園として整備され様子が一変。

川の下流方向を見ると

立派な公園広場になっている、もと川底だった場所。

工事中なので迂回する

本来は右手の堤防上を進み橋で左手へ渡るのだが工事がまだ終わってない。

迂回して歩道橋で一号線を越える

ここはトンネルが撤去され、新しい歩道橋が出来ている

堤防上を進めなくなった旧東海道を通すために歩道橋が掛けられている、まだ開通していないので通れない。

ここで堤防から降りてくる

この場所で堤防から降りて堤防下を進んでゆく道だった。

堤防の左手を進む

新幹線のガードを越える

城門が移築されている

目川田楽の発祥地

豆腐田楽とごはんを食べさせた茶屋がこじまや?

老牛馬養生所跡

目川の一里塚跡

江戸から118里目。

ひょうたんが名物?

江戸から112里目、この先で右折する。

ここで左折し川から離れる

北東方向へ進む

川辺(かわづら)という地名

やや下る道に

左は大きな商家

「かみまがり」東交差点、先の狭い道へ

足利義尚・鈎の陣所跡

1487年に足利義尚が六角討伐のため近江に出陣した際に陣(将軍御所)を置いたところ。

すずめの茶屋跡

菜飯や田楽豆腐の茶屋があった、茶屋幟にすずめの絵があったらしい。

りっぱな蔵のある家

このあたりは手原、駅も近い。

東経136度・子午線の碑

135度は明石市にあるが、一度分東?

立派な門のある時計屋さん

神社の前に大きな手?

手原醤油の顕彰碑

ここは大きな醤油屋さんだったのか。。

白塀の間は

大きな家の間の路地だが。

里内呉服店跡

一号線と名神をつなぐ高架道路

足元には行者堂

右手も大きな家

うねうねと曲がる道

六地蔵の一里塚

このあたりは旧六地蔵村。

広い道路に接するがまた左へ

旧輪中散本舗跡

見学は予約制になっている。

立派な門もあり

福生寺

石造りの層塔があると書いてあるので入ってみる。

確かにあるが

普通は石でない、という意味?

蓮如上人の像

ここでトイレを利用させてもらった、感謝。

棒杭があるが何領なのだろう

左側は畑に

左手にはJR草津線の線路も見える。

鏡に映っている

懐かしい琺瑯看板

なぜか金鳥は多い。

名神高速をくぐる

意外に狭いトンネル

向こうには採石場

線路の向こうには山がぽつんと

線路際に寄ってゆく

ちょうど上り電車が来た

太陽が後ろから当たっているので先頭部は真っ黒に。

一号線の高架をくぐる

この先を左へ曲がり、石部宿へ。

川沿いに右へ入るのが街道

川沿いに進む

西縄手、京都側の入口

宿場は何も残っていない

石部の一里塚跡の看板

昔は木の札だったようだが今はステンレスの看板になっていた。

この先は次回に

石部駅へ戻って草津線>東海道線で帰宅。

歩いたコース