本宿から小坂井へ
2019年3月25日

朝9時10分に名鉄・名古屋本線の本宿駅に到着

名古屋市内のホテルで朝食後、地下鉄で名古屋駅へ、新快速で豊橋経由。

国道一号を地下道で渡る

駅前の長い地下道を通り旧道側へ。

本宿の一里塚へ到達

前回のゴール、ここから東へ向かって進む。ここは標高80m近いが豊川へ向かって緩やかに下ってゆく。

十王堂の説明板

閻魔様の家来の10人の事らしい、子の先にもいくつかあった。

常夜灯と火の見櫓

今では珍しくなった半鐘のある櫓、昔はどこにもあった。

本宿村の道路元票

立派な商家だった家

道の先には山?

音羽は狭い谷なので両側は丘が迫る地形。

本宿の陣屋跡と代官屋敷跡

本宿古城

戦略的に重要な場所であったので城、というよりは砦があった。今は東名高速や一号線などで消滅。

左手には法蔵寺が見える

近藤勇の首塚などがあるそう。

御草紙掛松

家康が手習いの草紙をかけたことから呼ばれるのだそう。

左からの一号線へ合流

合流地点には本宿の石碑

ここから一号線右の歩道を進む

狭い土地なので左側には歩道はない。

少し先に冠木門

左手の名鉄電車

本線なので次々電車がやってくる。

本宿の石碑

ここにも明日香運送の倉庫

元々は奈良県に運送業者だが保管・納入代行をするので便利、商売を伸ばしている。

歩道右は農具車専用

東京から312km

赤石神社の奥はメーカ?

関屋でまた右の旧道へ

一号線から離れ静かに

常夜灯とお堂

磯丸みほとけ歌碑

先には丘が迫る

常夜灯と?神社

この字は読めない。

長沢古城の説明板

ここも消滅している。

右手は川がある

右手に長沢一里塚

草原にぽつんと立っている。

東名・音羽蒲郡へのアクセス高架

すぐ左手にICがある。

一里山の石標

一里塚があったので地名も一里山だった?

右手に栄善寺

お寺は見えない。

標高52.2mの表示

だらだらと30m位下ってきた。

右手に桃畑?

水仙畑

桜?桃?

遠くてよく解らないが。

音羽中学校

常夜灯

八椿社?

立派な金色のしめ縄がある。

だらだら下り坂が続く

休憩処

まだ開いてないがトイレを借りた。

旧旅籠・大橋屋

数年前までは旅館として営業していたが、修復されて直に公開されるのかな。

右側の壁も綺麗に

駐車場が整備されて観光ポイントとなる?

これが昔の様子

正面がガラス戸になっていたのを復元したよう、江戸時代はガラスはないはず。

赤坂の宿場

ここは隣と近い宿場。

本陣跡

問屋場跡

また鰻屋が

前回は廃屋だったがスタジオに

関川神社

御油の松並木へ

車を中心部へ誘導

安心して歩ける良い配慮。

松平丹波守の宿

また十王堂

イチビキ醤油の工場

第一工場とあるのでメイン工場?

豊橋駅の近くにも確か工場があったはず。

ここで右折し鉤の手に

突き当りを左折する

ちょうど12時過ぎで混んでいた。最近新しく出来た店のよう。

問屋場跡

高札場跡

曲がった先を進む

ベルツ夫人の生家跡

ドイツから来たお雇い医師と結婚しその後ドイツへ渡ったが第1次大戦時に帰国。

川を越える

だんだん川が大きくなる。

昔はタバコ屋だった民家

タバコ屋は簡単には開業できなかった時代。

姫街道との分岐

東海道は直進するが姫街道は左折し、浜名湖の北を進んでゆく。

姫街道の道

東海道は静かな旧道

先にあるがましんの植え込みに一里塚、一度通り越して戻ってきた。

御油の一里塚

大社神社

三輪の大神神社の関係先?

Y字路側から

八の蔵?

コンサート会場のようだが。

旧道を進む

秋葉山の常夜灯

一号線へ合流

豊川用水の施設が右に

跨線橋で名鉄を越える

すぐに右の旧道へ

このあたりはトラックが多い。

直進すると渡れない

右手の歩行者用の通路へ、あまり通らないのか草だらけ。

もう平らになった

河原は綺麗

まだまだ直進

歌碑

また川を越える

神社?お寺?

伊那の一里塚

雲母工業?

また立派なしめ縄のある鳥居

立場茶屋の跡

お寺?神社?

もうじき踏切に

立派な商家の跡

松の木とお堂

飯田線の踏切を渡る

ここから川を越える場所は近い

ポンポコラーメンの看板が見える、ここから下ってゆく。

菟足神社

うたり神社と読む、兎の神輿もあるとか。

この交差点でゴール

飯田線・小坂井駅

もちろん無人駅。

豊橋まで2駅あるが通過が多い

飯田線の名残で駅が異様に多い、下地駅と舟橋町駅は通過した。

歩いたコース