見付宿から金谷宿へ
2019年1月10日

朝9時過ぎに磐田駅に到着

朝5時18分発の電車で出発したが吉原で途中下車して富士山の撮影をしたので30分のロス。 駅前広場には善導寺の大樟の木が聳えている。

駅前を北へ進む道が旧東海道

旧東海道はここを左へ曲がって浜松方向へと続く。

ジュビロ磐田の街

マスコットのモニュメントが駅前通りにある。

選手の足形とサイン

サッカーだから足形なのか?ひび割れているものも。

ジュビロ一色の街

駅前の再開発ビル?にはジュビロの文字。

道路が拡幅されていた

前回は工事中だったような記憶があるが。

遠江国分寺跡の案内

今回はパス。

府八幡宮が右手に

大きな絵馬が飾ってあったが看板風。

右の旧道に入る

郵便局の先で右に少しだけ旧道が残っているが特段見るべきものはない。

直ぐにまた前の道へ戻る。

メインの通りなのに古い朽ちたような家も。

一つ手前の道路

ここは加茂川の交差点、横断歩道橋で横断、進んでゆく袋井方向を見る。

見付宿入口の木戸跡モニュメント

宿場にあった木戸のうち西側の西木戸を示すモニュメント。

この交差点を右折して東へ

ここからは見付宿の中心部で商店街となる。

渡った所に案内標識が

駅からここまで1.7kmもあるのだと判明。

立派な商店街だが

曇っていて薄暗いせいか街灯が点いている。

脇本陣の門だけ残っている

脇本陣だった大三河屋の門だけが残存。

見付宿の案内標識は見付学校前

今は磐田だが宿場としての名前は見付。

明治初期の学校:見付学校

前回は中を見学した、外部を補修工事中。

脇本陣跡

ここにも脇本陣、看板だけ。

問屋場跡

静岡銀行磐田支店の前にある。

予備校も和風に

佐鳴予備校は大手の一つ、よく見かけるがここはちょっと和風。

こちらのJAの支店も和風

景観に協力している?

宿場の外れ:木戸のモニュメント

すこし登り坂で左手へ。

反対側は特に意味なし

何かあるのかと見に行ったがただの公園。

一里塚は整備工事中

旧街道はこの坂を登っていて上に一里塚があったよう、今は整備中。

旧1号線、名残りの距離標識

現在はバイパスが出来てそちらが1号国道に。

旧道は右手へ入る

遠州鈴ヶ森で右手の旧道へ入って進む。

行人阪という名前

入口に新しい看板。

見付とおおくぼの境界標識の跡

少し進んだところが見付と隣村の境界。

松並木も残る

突然松並木が出現。

左方向に磐田グランドホテル

駅から随分離れた場所にあるが。

立場跡

最近出来たような案内標識、茶屋があった跡。

ここから道は幾つもある、江戸の道を行く

まっすぐ進むと、鎌倉の道、江戸の道、明治の道などに分かれる。勾配がきついくて明治の道は手前で左折して迂回。

まっすぐ江戸の道を行く

少し坂を下ると行き止まりで古戦場跡、鎌倉の道は右へ下り大きく回ってゆく。

このあたり三ケ野は幾つも道あり

古戦場・大日堂

突き当りの古戦場、この先は崖になっていて進めない。

少し戻り左手へ下る江戸の道

東を向いて左手側へ坂道を下る。

結構な坂を下る

だから明治の道はもっと手前から左折し傾斜が少なくしているのだろう。

右折し道なりに進む

松並木が残っている。

また松並木

鎌倉の道はここへ右手から合流するよう。

三ケ野の標識

川にぶつかり左手の橋へ

橋が無いので旧国道の三ケ野橋を渡る。

三ケ野橋から右手方向

ここから袋井市に

西木橋あたりから袋井市となる、遠州トラックの前。

遠州トラック前から左の旧道へ

木原一里塚のある旧道へ。

木原畷の看板

奥には怪しい駕籠?

これはごみ集積所だった

木原念仏のPRも兼ねている?

古戦場・木原畷

随分古く武田信玄が西進で徳川方と戦った場所らしい。

木原一縷塚

復元の様だが立派。

一里塚跡から少し離れて

全貌が良く解る。

反対側には北側の塚の跡

きちんと両側の跡が示してある。

また旧国道へ合流

短い旧区間が終わって合流する。

木原松原の道標

川合の交差点、Y字路を右へ

角に吉野家あり、早めの昼食。

長屋門が残っている

最近整備されたもののよう。

澤野医院記念館

古い木造の医院のあと。休日だけ見学可能。

道は右へカーブ

ここから菊川へと真っすぐに下る急こう配の青木坂。

境界杭のあと

袋井は天領だったのか。

交差点角に小さな公園

説明板が高札場風に

高札場とは関係ないが。

西本陣跡の碑

東西の本陣があったよう、後で東本陣も出てくる。

問屋場跡の碑

袋井市の新しい標識は見やすい色と表示。

宿場公園

ここを右折し1km位行くと袋井駅。

「どまんなか」をうたう看板

ここで少し道を間違えそうに、似たような公園が複数あって。

東本陣の跡、門だけ復元

最近整備されたもののよう、前回はなかった。

常夜灯の中に神棚?

道は大きめの交差点で消えている

交差点には商工会館があり区画整理で旧道は消えている。

左には休憩処・どまんなか茶屋

これより袋井宿の石碑

ここが東の入口だった。。

交差点北でまた右斜めの道へ

消えた道がここで復活し北東へ進んでいる。

秋葉山常夜灯。

普通は石造りだが木造の立派なもの。

この辺り新屋地区の様子

旧街道は斜めで2回交差点で消えている。

また右手の旧道へ入る

ここは東新屋というらしい。

また松並木が出てきた

どまんなか東小学校

もちろん本当の名前は別にあり右に書いてある、袋井東小学校。

久津部一里塚

左側は標識のみ。

一里塚右側は説明板あり

松並木が出現

道はゆったりと左へ。

富士浅間宮の鳥居

突然真っ赤な鳥居が道路わきに出現。この先に浅間宮神社がある?

まだ名栗の松並木

両側に並木があるが後付けの歩道があるのは左だけ、右は車道歩きで危ない。

同心橋を渡る

旧道は消えているので橋の右側歩道を行く。

橋手前には名栗の道標

橋から右手を見ると

右の山の方にはヤマハスタジアムが見える、ここには愛野駅から行く。

橋の向こう側は掛川市

結構長かった袋井市をやっと抜けた。。

国道は横断できないので降りて下を通る

横断歩道は先までないのでここは道路下のトンネルで北側へ。

消えた道の先が見える

斜めに進んでいた道の先が続く。

このあたり間の宿・原川

袋井と掛川の間にあった間の宿、2−300戸の集落だったよう。

原川の松並木

このあたりは旧道がそのまま残り松並木も多い。

東名の先にはバイパス

東名高速をくぐって進むとバイパスの沢田ICにぶつ狩り左手へ迂回。

こちらへ続く

消えた道の先はこれ。

左手に造り酒屋の跡?

看板やのれんも無く廃業してしまった?

大池一里塚跡

なんと道標のみ?

天浜線の西掛川駅横でガードをくぐる

前回はちょうど列車が来たが今は本数も減り何も来ない。

大池橋で右折

旧東海道は2回右折して掛川市街地へ。

古い距離標識

ここが昔は国道一号だったことを示すもの。

逆川を二瀬橋で渡り市中心部へ

二瀬橋交差点で再度右折し橋を越えて進む。

左手奥に十九首塚

19の首塚が整備されて綺麗になっていた、平将門ら19人の首が葬られた場所。。

掛川の街へ

やっと市街地へ、まだ駅は結構遠い。

市街地の中心へと

メインの通りへと出てきた。

中心の中町商店街アーケード

でも何か寂れているような雰囲気が漂う。

交差点には清水銀行

和風の建物が目立つ清水銀行の掛川支店。

遠くに掛川城の天守

この先でゴール、右折して掛川駅から帰宅。

歩いたコース