弁天島から浜松宿へ
2019年2月10日

朝9時35分に弁天島駅に到着

熱海まで12駅、そこから37駅もある遠い場所。

駅前は温泉リゾート?

地下道を通り右側の歩道へ

開春楼の先で右手へ

道路は直進するが右手へ行く橋で舞阪宿へ向かう。

弁天島と天女?

橋の手前に弁天神社

弁天橋を渡り舞阪宿へ

もちろん江戸時代は新居の関から舞阪は渡し(今切の渡し)だった。

橋の手前に「いだてん」関連の説明板

大河ドラマに便乗した看板?

橋から赤い鳥居、海上にはバイパスが見える

入口右折の場所の常夜灯

北雁木(船の着くところ)

ここから新居の関まで渡し船で往来した、これを嫌った女性は姫街道へ。

今は漁港

常夜灯で左折し東へ

案内がびっしり

脇本陣がある

本陣はどこも看板だけだが脇本陣は残っている、あるいは復元?

なかなか雰囲気がある

入れるようだが受付に人がいないのでパス、まだ開館前?

本陣跡の石碑

渡し場の前で賑わった宿場のよう。

古そうな街並み。

仲町の常夜灯

このさき何か所かに常夜灯あり、ここは石造。

海産物の店

右手に一里塚の碑

小さな公園になっている場所の石碑あり。

解説の看板もあり

江戸から68里の一里塚だそう。

見付の石垣

宿場の東入口にあった見張り所の石垣、西側は雁木(船着き場)なのでない。

反対側の石垣

新町交差点に

旧一号線が斜めに横切っていく、現在の一号線は浜名バイパスで海上を通る。

振り返ると

舞阪宿は左との案内板あり。

松並木入口の波小僧

交差点の近くに小公園、トイレや休憩場所もあり、この波小僧もいる。

立派な松並木

ここは両側の松並木が揃っていて綺麗、歩道も広くて歩きやすい。

痛車あり、浅葉みなみって誰?

マンホールの蓋も松並木

春日神社

このあとも左側に神社がやたらに多い、お寺もあるけど。


海中出現の仏像を祀る寺

清正公300余年記念?

馬郡の常夜灯

馬郡地区(昔は村)は建物に入った常夜灯、この先も続く。

馬郡村の高札場跡

高札場は村ごとにあったよう。

ここにも常夜灯

消えた寺院の記念碑?

坪井村の高札場跡

後ろには常夜灯あり。

稲荷神社

鳥居の両側には変わった形の灯篭が二つ。

アメリカンなハンバーガー屋

愛宕神社

舞阪一里塚跡の看板

江戸から68里、民家の庭先に看板が立っている。最近更新した様で他と同じで綺麗な状態。

蔵のある家

立場跡

右側にある。

エンシュウの本社

昔は遠州製作所という名前でマシニングセンターなどの工作機械メーカ、40年ほど前に仕事で訪問した記憶あり。

向かいのクラベ本社

どんな会社かと調べたら、車や家電で使われる耐熱性の電線チューブのメーカ。

また松並木

浜松市内まで6km

高塚町に入った、線路の向こうにはスズキ自動車の本社工場がある。

今度は熊野神社

まるで神社のオンパレードのよう。

麦飯長者跡

高札場と常夜灯の跡

常夜灯は失われてしまって無い。

堀江領境界石

領地境界石の標柱

そうかんこん?

常夜灯

今度は諏訪神社

みたらしの池の碑

ガストで昼食休憩

細幅織物?

パラシュートのストラップやシートベルト、フリークライミング用のセキュリティ・スリングに使われるベルト材のよう。たぶん車メーカに関連するのだろう。

二つ御堂

平安時代の藤原秀衡にまつわる2つも御堂、一つは誤報での死去を聞き側室が建てた。もう一つは秀衡がこの逸話を聞いてたてたとか。

秀衡の松

「藤原秀衡の側室の亡骸を埋めた所に、秀衡が植えた松である」とつたえられ、明治十五年頃までは老木となって残っていたそう。

御堂の左にある馬頭観音

篠原一里塚の石碑

江戸から67里、右手に立つ。

浜松市街まで3kmに

背の高いアクトシティのビルも大きく見えてきた。

新幹線のガードをくぐる

両側には車の販売店が並んでいる。

東海道線に突き当たる

国道は右手へそれていくが、東海道は直進だったはず。

少し先でガードを潜る

道は不自然にカーブ

まっすぐ続いていた様子がわかる。

線路跡が緑地公園に

左手奥にはSL?

ナローゲージのSLのよう。

突き当りを右へ

まっすぐに行けず右折する。

交差点角はデニーズ、お地蔵さんも

突き当りはホテルへの道。

正面の丘の上にはホテルが2軒、クレタケとグランドホテル。

この道は雄踏街道

すぐに菅原町交差点、左折して北へ進む。

成子坂

伝馬町の地下道

前回はここで間違えて右へ行ってしまった。

地下道出口に川口本陣跡

続いて杉浦本陣跡

佐藤本陣跡

ここ連尺町交差点で右折する

ビルが並ぶ市街地中心部

遠鉄ガード手前に

向かいにはブルーノート

ジャズのライブのお店がここにも。

東海道は直進し天竜川へ向かう

歩いたコース